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願成寺

このギャラリーについて

・宮床山本誓院願成寺、本尊阿弥陀如来、時宗、内子町廿日町。
・願成寺は「願成就寺」の意である。
・開基は越智益躬、開基二祖一遍、ニ祖聖戒とし、三祖は貞忍法尼である。貞忍は一遍の従弟である河野道有の後家である。その後河野家の別府がある温泉郡石井村に隠遁した。越智氏の後をついで河野氏のゆかりの寺となった。
願成寺の開祖は河野家の遠祖に当る越智益躬であり大化5(649)年に没している。寺伝では文永8(1272)年窪寺での参篭を前に一遍が立ち寄っており、一遍を一世とし二祖には弘安末年(1280年代後半)温泉郡に出立まで住寺した聖戒を当て、三祖は河野通有の後家である万松院殿貞弘(貞忍)法尼である。通有と貞忍の長子通茂の実子通治を養子として、通有の後家として強力な権限を保持した。願成寺は通治により建立されている。



内子には、鎌倉期に北条時宗の願成寺が町の南の廿日市に、室町末期には禅宗の高昌寺が町の北端の護国に創建され、ともに江戸期には四国の本山として多く信徒を集めました。

内子の起源は、禅宗の高昌寺と願成寺の二つの寺の門前町にあったといいます。二つの寺とも、今では町から少し離れた位置にあり、門前町の伝承をそのまま受け取ることは躊躇われますが、廿日市、六日市、八日市という地名が示すように、内子が近郷の農産物が集まる市として発違してきたことは確かなようです。

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ギャラリー・データ

住所愛媛県喜多郡内子町内子351
電話番号0893-44-3021
宗派時宗
作成 : 2010/10/07 12:50